その釣り人はいつも行く川の、とある橋の下でひとりでフローターで釣りをしていました。しばらく熱心にキャストしていましたが、やがてやけに頭上が騒がしいことに気づき、ふと見上げると橋げたの上のわずかなスペースに鳩がいるのを見つけました。実はそこは雨が当たらないので、普段から鳩が住み着いているのです。よく見るとその日は小さな鳩が何羽かいて盛んに親に餌をねだっている、その声で騒がしかったのです。
「ふうん、今が子育ての時期かあ。。。」と思いながらもまた釣りを続けていると、急に強くなった風に煽られたのか１羽の小鳩が羽ばたきながら橋げたの向こう側に落ちていきました。「もしかして！？」と釣り人があわてて橋げたの向うに回りこんでみると案の定その小鳩は水に落ちてもがいています。風に流されながらも、なんとか岸に近づこうと必死に羽ばたいています。しかし流されるばかり。
釣り人は、大急ぎで鳩に近づき水から救い上げました。手の中で震えている小鳩を見て、何年か前のある出来事を思い出しました。やはり同じ橋の下で仲間とフローターで釣りをしていた時、生まれたばかりの５匹の子猫を誰かがビニール袋に入れて、通りがかりに橋の上から川に投げて捨てていったことがあったのです。幸いその猫はその場にいた釣り人の仲間達に拾い上げられ、一命をとりとめましたが、その後のみんなの介抱もむなしく数日の間に１匹、また１匹と結局５匹とも小さな命を終わらせてしまった悲しい出来事があったのです。
鳴くこともできずに震えている小鳩、それを心配そうに見ている親鳩を見比べて、釣り人は巣に帰してやろうと決心して橋げたの下まで行きました。風が弱くなる瞬間を待って、思い切って橋げたの上に向かって小鳩を投げました。しかし、羽ばたきも弱くあと少しというところで小鳩はまた水面に落ちてしまいました。フローターでは水の上で立つことができないので後少しのところで届かないのです。慌てて小鳩を水の中から拾い上げ、さて困った。。。と周りを見渡すと、幸いなことに少し離れたところに１艘のボートがいるのを見つけました。
釣り人は「すみませーん！この鳩が落ちてきたので巣に帰してやりたいんですけど、フローターからだと届
かないんです。ボートの上から立って投げ上げてくれませんかー？」と大きな声で助けを求めました。急に声を掛けられて一瞬戸惑った表情を浮かべたボートの人も事情を察したのか「いいですよー。今出たばかりでエレキの配線もしていないのでちょっと待ってくださーい」と、慌てて船を動かすための電動のモーターの準備を始めました。その間フローターの釣り人は濡れた羽を服で拭きながら今か今かと待っていました。「できました。今行きます」「じゃあ、ココからお願いします」と小鳩を手渡す。「届くかなあ？」橋げたを見上げて心配そうなボートの人。風で流されるボートを支えながら見守るフローターの釣り人。「よし、いくぞ〜、それっ！」バサッ！、「やったー、うまい！」「乗った〜」お互い顔を見合わせてほっと一安心。
なんだかとてもホッとする瞬間でした。二人は別れ、その後も釣り人はしばらくそこで釣りをしていましたが、もう落ちてくることはなかったそうです。２人に命を助けられたあの鳩、元気に育ってくれるといいな〜。
※ちなみに、鳩の写真は助けに行く時と待っている時、橋とボートは後から撮ったものなので写真のせいで救助が遅れたことは決して無い、とその釣り人は言っていました。
